政権交代のコミュニケーション力学3

(2から続く)

麻生自民政権が犯した5つの失敗

1.まず、与党である自民党が“野党的”発信をし続けたことである。2003年のマニフェスト選挙の際、民主党が「政権交代」をいくら高々に掲げても国民の目線は冷たかった。しかしながら、6年後の今日、「政権交代」に対して勝手ない程に国民の“熱い”目線がある。これは、この6年間で雇用、年金、医療、子育て、教育などの面で国民生活が追い込まれてきたことが背景にある。「民主党に一度はやらせてみよう」という社会的な気分が醸成されていったのも、この国民生活の窮乏感がある。このような状況の中で国民が期待することは、政権与党である自民党が当事者意識をもって、“事に当たる”という姿勢である。ところが今年に入ってからの麻生自民党政権から一貫して伝わってきたものは「民主党には政権与党はできない」という民主党に対する批判の一言である。国民にとっては自民でも、民主でもどっちでも良い。要は国民生活が直面している課題にどれだけ当事者意識をもって取り組んでもらえるのかである。極端に言えば、民主と手を組んででもとにかく、“事に当たる”という姿勢を示すメッセージを出す以外には政権与党としての支持は得られない。テレビ対談で細田自民党幹事長が、当時、民主党の幹事長だった岡田克也氏に「野党の幹事長になるには、まだ早いですよ」と揶揄されたシーンがあった。これは、細田自民党幹事長が民主党のマニフェストの内容を分析批判したパネルを持ち出し、箱の隅を突っつくような調子でお民主党の政策批判を展開し始めた時に岡田民主幹事長が発した言葉であった。実際のところ、あらゆる対談番組で細田幹事長はパネルを使って、民主の政策に対する批判を一貫して発信し続けた。細田幹事長だけでは。ない、自民党、公明党の他の閣僚や議員の人達も民主党のマニフェストの内容に対する“揚げ足取り”に執着した。

2.麻生自民党政権は全く“空気が読めていない”、つまりKYである。コミュニケーションの世界では“メッセージ感度が低い”と言う。“空気が読ない”とは「相手が発信しているメッセージが読み取れない」ということではない。自分が「どのようなメッセージを相手に伝えてしまうかが読み取れない」ということである。よかれと思って発信していることが、逆に間違ったメッセージを国民に伝えてしまうことに麻生自民党政権は全く無頓着であった。麻生総理は失言が多かった。「踏襲」(とうしゅう)を「ふしゅう」と呼び、“読字障害”ではないかと揶揄され、「ホッケの煮つけ」と発言、「ホッケは焼くしかないんですよ」と突っ込まれ、「束の間の庶民派アピール」と皮肉られる。定額給付金では「給付金なんておれはいらない、というプライドもある人もいっぱいいる」と給付金を受け取る国民はプライドがないともとれる発言が出る。「はっきり言って(医者は)社会的常識がかなり欠落している人が多い」と言及、日本医師会を怒らせる。言葉だけではない、行動そのものが適切でないメッセージを国民に伝えてしまった。麻生総理は総選挙前の都議選に前例がない程に力を入れた。それは都議選の勝敗が総選挙の勝敗を占うと考えられていたからである。しかしながら、一国の総理大臣が自公の都議選候補の応援にしゃかりきになる“姿”は国民から見ると“自分勝手”である。派遣切りで職を探す人々、台風や大雨によって大きな被害にあっている人々、これらの映像がテレビに映し出される中、政権与党のために都議選の応援うつつをぬかす麻生総理の姿は国民からすると一国の総理としての当事者意識の欠如と映る。

3.麻生自公政権はメッセージの一貫性を守れなかった。リーダーとして、そのメッセージの一貫性を保つことは重要であるが、組織全体のメッセージの一貫性を守ることは更に重要である。アメリカの大統領選においては、民主党や共和党といった党よりも大統領候補であるオバマやマケインなど個人のメッセージの一貫性がより強くもとめられる。しかしながら、日本の総選挙では逆に党全体のメッセージの一貫性が党首以上に求められる。政党そのものが発するメッセージがいかに一貫しているかが支持や投票行動に影響する。自公政権のメッセージが一貫していたのは、民主党批判だけである。 鳩山邦夫総務大臣更迭まで発展してしまった日本郵政西川社長の進退問題で自民党や自公政権から出てくるメッセージが錯綜した。この問題は、結果として麻生政権の小泉路線否定にニュアンスを国民に与えて、「2005年の郵政解散は何だったのか」という思いを国民に抱かせ、自公民政権としての政策の一貫性のなさを露呈する。その後、自民党執行部、内閣人事を刷新するという麻生総理の企ても、自民党内からの様々な反発により頓挫。党執行部は手を付けず、小幅な内閣人事の変更が行われただけであった。究極なのは一連の“麻生おろし”の動きである。2008年の自民党総裁選では5人の候補者が華々しく、立候補、全国行脚、総選挙を意識した国民へのアピール作戦が展開された。当時の政治関連のテレビ報道はほとんどが自民党総裁選で彩られ、多くの自民党内の支持を獲得した麻生総理が誕生する。この映像を強く印象づけられている国民からすると、“麻生おろし”の顛末は、「自民党がいかに一貫性のない、自己都合の強い党なのか」というメッセージを浸透させてしまった。選挙では、与党政権であれ、野党であれ、その組織から発するメッセージの一貫性を守ることが、国民からの信頼感を得るための要諦である。

4、自民党の空中戦依存体質が国民の支持を失わせた。選挙用語で「空中戦」、「地上戦」という表現がある。「空中戦」とは、広い意味では、TV コマーシャル、TV討論、政権放送、ポスター・チラシ、宣伝カー、駅前演説、党首討論、国会審議、ウェッブ、更にはマニフェストなどによって国民の支持を訴える手法である。まさに、メデイア戦略が要になる。「地上戦」は、逆に“どぶ板選挙”と言われるように、選挙区の有権者に直接Face to Faceで訴える方法である。ここでは、各選挙区での政党の組織力がものを言う。小泉政権以来、自民党はその選挙戦略を空中戦依存にシフトしてきた。具体的には“テレビ露出を増やす”ということである。これは小泉元総理が残した遺産といってよい。小泉以降、安部、福田、そして麻生と自民党の中に、“国民の支持率を絶えず気にする”という体質が培われてきた。

支持率を気にすること自体は問題ではないのだが、それが「テレビ露出を増やす」=「国民の支持率アップ」という単純な“思い込み”へと変質してくるとなかなかに厄介な問題を孕んでくる。端的に言うと、小泉元総理が仕切った2005年の自民党の歴史的勝利がこの“思い込み”を自民党の組織全体の意識の中に広める結果となる。小泉以降、自民党のコミュニケーション戦略は「如何にテレビの露出を増やすか」に傾注していく。2008年9月の自民党総裁選が、そのよい例である。解散総選挙を意識した自民党のコミュニケーション戦略は、解散直前の自民党総裁選で大きくテレビの露出を増やし、支持率を上げ、解散に打って出る目論見であった。そのため、麻生、与謝野、小池、石原、石破など5人の自民党オールスターが総出演、ワイド・ショーも含め、殆どのテレビ報道は自民党総裁選一色で塗られ、テレビ・ジャックは成功した。ところが、誤算だったのが、期待した程には支持率が上がらなかった。なぜ、支持率が上がらなかったのか。それは国民に“見透かされた”のである。ある意味、小泉郵政選挙の後遺症と言ってよい。2005年の郵政選挙後、多くの国民やマスコミが“動かされた”という実感を抱いた。これが反動となり、「テレビの露出を増やす」=「国民の支持率アップ」という構図にはならなかったのである。しかしながら、その後も、「テレビ露出を増やす」=「国民の支持率アップ」という“思い込み”の構造は自民党の意識の中から消えなかった。選挙の総指揮官である古賀選挙対策委員長が東国原、橋元両知事に接近、自民党からの出馬や支持を打診する。この行動自体がテレビ報道では大騒ぎになる。東国原、橋元両知事のようにテレビ受けする役者が自民党側に揃えば、テレビの露出増はもちろんのこと、その結果としての支持率アップが見込める。これは5人揃い踏みの2008年9月総裁選の時とまったく同じ思考パターンである。ここも、当然、国民からは見透かされる。「自民党は何が何でも政権にしがみつきたい、藁をも掴むように知名度、人気抜群の東国・橋元両知事を味方にしたい」といったメッセージが国民に伝わる。ここでも「テレビの露出を増やす」=「国民の支持率アップ」という構図は崩れる。あたかも戦艦から飛行機へと中核戦力がシフトする中で日本海軍だけが大艦巨砲主義という“思い込み”から脱却できす、アメリカの航空戦力に敗北したこととイメージが重なる。自民党が国民の支持を得られなかった一つには、この「テレビの露出を増やす」=「国民の支持率アップ」という“思い込み”から脱却できなかったことにある。

5.小泉純一郎元総理は“公約”どおり、本当に“自民党をぶっ壊した”

小泉元総理が自民党に残した“置き土産”はまさに、この「空中戦」偏重の体質である。必要以上にテレビ露出を増やす、必要以上に支持率を気にするということである。しかしながら、小泉流コミュニケーションの要諦は単にテレビ露出を増やすということだけではない。”メッセージをコントロールする”という発想がある。前述したが、現代は「自分の発言したことは、99%誤解されるか、曲解されるかである」という時代である。相手にどのようなメッセージが“伝わってしまうか”を意識する時代である。国民にどのようなメッセージが伝わるかを意識した上でテレビ露出を考える。これがメッセージをコントロールする発想である。小泉元総理は、このメッセージのコントロールがうまい。2005年の郵政選挙はコミュニケーション戦略という視点からすると、見事なほどにメッセージがコントロールされた。中でも、テレビ報道を賑わせた“刺客騒動”は見事な仕掛けである。郵政選挙を盛り上げた“刺客騒動”は単にテレビ露出増を狙ったのではなく、「郵政民営化Yes or No」という自民党の土俵(争点)を民主党よりも早く設定することが本当の意図である。郵政民営化反対の自民党議員を公認せず、そのひとりひとりに対して、新たな自民党公認の候補者を“刺客”として、送り込む。あのホリエモンまで、当時、自民党の重鎮で、郵政民営化反対の旗頭であった亀井静香議員の刺客として登場する。まさに、劇場政治と言われる所以である。この“刺客騒動”が報道されれば、されるほど有権者の意識に、今回の総選挙の争点は“郵政民営化Yes or No」ということが刷り込まれていく。一旦、国民の意識に刷り込まれると、民主党が、今回の選挙の争点は「郵政民営化 or 年金・子育て」といくら言いたてても”聞く耳もたず“である。”刺客騒動“という仕掛けの裏にはしっかりとメッセージをコントロールするという発想がある。

小沢民主党も完璧ではない

一方、小沢民主党のコミュニケーション戦略はどうだったかというと、決して完ぺきではない。どちらかというと、2007年の参院選のように、自民の“敵失”によってかなりの部分助かっている。ある民主党の議員が「4年前の郵政選挙は“台風”が民主を直撃した。つまり郵政民営化という“風”が小泉自民に歴史的大勝をもたらした。一方、今回の選挙は台風ではなく、地殻変動が起こった。“風が民主に吹いた”のではなく、“地震によって自民は潰された”のである。2005年の郵政選挙においては、“刺客騒動”を楽しむ程に国民には余裕がまだあった。ところが、今回の総選挙では、国民の側が追い詰められている。余裕が全くない。まさに、この地殻変動が民主に味方した。外的な要因もある。オバマ米国大統領の誕生である。“Change”を旗頭に登場したオバマは世界中に“変化への必要性”を波及させた。これが、政権交代を目指す民主に有利に働いた。米国の選挙の結果が出る前に、つまりオバマが大統領選で勝利する前に、解散・総選挙すべきだという思惑も昨年の8月、9月あたりは自公政権内には根強くあった。このように、外部環境は民主に有利なかたちで推移する中で、民主党のアキレス腱は2つあった。ひとつはリーマン・ショックにより景気対策が最優先課題としてクローズアップされていた昨年の秋ごろである。民主党の「政権交代ありき」の発信があまり強いため、政権奪取のための政局的な動きとして国民からの批判に晒された時である。このとき、麻生総理は「解散・総選挙よりも景気回復」、「政局よりも政策」といって、国政に対する当事者意識を示した。これが、麻生総理の就任期間中、唯一国民視点に立ったメッセージ発信である。このときが麻生内閣の支持率が最高位であった。その後、定額給付金の手続き上の混乱や麻生総理が給付金を受け取る、受け取らないなどの失言、ガソリン税の暫定税率延長の問題など麻生総理のメッセージの“ブレ”が目立つようになる。これが民主党に幸いする。

小沢民主党も完璧ではない

一方、小沢民主党のコミュニケーション戦略はどうだったかというと、決して完ぺきではない。どちらかというと、2007年の参院選のように、自民の失点や環境変化などの外部要因でかなりの部分助かっている。自民の失点は上に述べた通りだが、環境変化とは、深刻な不景気で国民は生活が追い詰められ切羽詰まっていること、アメリカで“Change”をうたうオバマ陣営が政権交代を成し遂げたことで世界に変化を求める機運が伝播したことなどである。

そして、民主党にも失点はあった。一つはリーマン・ショックによって景気対策が最優先課題としてクローズアップされていた、昨年の秋ごろである。民主党の「政権交代ありき」の発信があまりに強く、単なる政局的なアピールとして国民から批判的に見られた時である。一方の麻生総理は「解散・総選挙よりも景気回復」、「政局よりも政策」と言って国政に対する当事者意識を示し、支持率を上げていた。

もう一つの民主の失点は、今年の3月に話題となった、小沢民主党代表(当時)の秘書が絡んだとされる西松建設の献金問題である。これが発覚した時は民主党、最大の危機であった。これによって民主党の支持率は急落、選挙の見通しが見えなくなった。

殻に閉じこもったことが効奏する.

結局、西松建設献金問題によって、民主党への支持率は下落、小沢代表は辞任する。

その後、民主党は代表選を実施、鳩山VS岡田の構図の中で、鳩山新代表が就任、民主党の新執行部は鳩山代表、岡田幹事長、菅代表代行、そして選挙対策の総責任者である小沢一郎氏の4人から構成された。通常は選挙の総元締めは幹事長の職である。小沢氏が単独で選挙を統括するのは異例なことだが、ともかくこの人事によって、小沢氏の考えである地上戦重視の選挙戦略が民主党の基本方針として継続される。この地上戦重視の考え方によって民主党はテレビ露出は少ないが、メッセージが一貫して発信される、という状況を作り出した。

自民党が、鳩山邦夫総務大臣更迭、東国原知事勧誘、内閣・党執行部人事不発、麻生総理降ろしなど多くのトピックを提供、自民党関連のテレビ報道がほとんどといったテレビ・ジャック的な状況に比べて、民主党からの発信や露出はかなり限られていた。これが、民主党のとって幸いであった。党内の不協和音がほとんど外に漏れず、地道に支持者を増やしていくことができたのである。

(続く)