8 月2009

ネットと選挙~インターネットでアメリカを動かした男、オバマ~

コミュニケーションは力である。

選挙はコミュニケーションの力を最大限に発揮する場であり、コミュニケーションという力を使った戦争とも言える。オバマはネットを使って、大統領選というコミュニケーション戦争に勝った。

ネットの最大の効用は”サイレント・マジョリテイー”の声なき声の可視化である。オバマはネットを通じて”サイレント・マジョリテイー”の”変化を求める”声を可視化した。そして、それをテコにアメリカの大統領になった。「オバマ現象」(Obama Phenomenon)とは、動くはずのない”サイレント・マジョリテイー”が動いたという驚きの現象なのである。

オバマがネットに期待する役割は3つある。
1.共感を創り出す 2.共感を誘導する 3.共感を参画意識に変える

選挙戦を支えたオバマの戦略コミュニケーションの発想は3つの柱からなる。まずは、自らの弱みを強みに変える”土俵”(共通認識)の設定である。次に.支持者を囲い込む参画意識の醸成である。そして、最後に、第3者からの発信をテコに自らのメッセージ性を強化することである。いわゆる、オバマの三位一体の戦略コミュニケーションの発想である。

  1. 土俵(共通認識)の設定
  2. 相手の考え方や価値観が多様化する中で、予め共通認識をつくらずに相手にメッセージを伝えることは危険である。自分が発信したメッセージは99%誤解されるか、曲解されるかと思った方が無難な時代に我々は生きている。特に、アメリカのような多様な価値、宗教、人種、文化をもつ人々からなる社会では、まず共通認識を先に醸成した上で、こちらのメッセージを伝えることが肝要である。オバマはネットを使い、”変わらなければならない”いわゆる”Change”という共通認識を国民の意識の中に定着させるのに大いに腐心した。よくオバマはケネデイーと対比される。圧倒的な国民からの支持、人々の気持ちを魅了する演説、ベルリンに20万人もの群衆を集めてしまうリーダーとしての魅力、などなど二人の間には多くの共通項がある。しかしながら、二人の間には決定的な違いがある。それはケネデイーが”自由主義VS共産主義”という明確な2元論の時代に生きたのに対して、オバマは”多様性という時代”に生きているということである。ケネデイーの時代は反共主義を唱えていれば、世界の半分の支持が得られた。オバマの時代は違う。多様な主義・主張がある世界では、一つの価値観や考え方に固守したメッセージ発信は多くの反発を生み、命取りになる。オバマの偉いところは、まず、一つの共通認識をつくった上で、その共通認識をベースに自らのメッセージを伝えるという慎重さである。反発や対立を最小限に押さえるために最前の努力をしている。多様性の中でのコミュニケーションの新たなあり方を示したと言える。そしてネットの活用がこれを可能にしたのである。

  3. 参画意識の醸成
  4. CHANGEという共通認識を醸成、その土俵の上でメッセージを発信、共感を創り出し、さらにその共感を参画意識までもって行く。ここにオバマ流戦略コミュニケーションの発想の真骨頂がある。この参画意識の醸成を可能にしたのが、オバマのネット献金とネット・メデイアである。

    -オバマのネット献金
    オバマはネット献金で630億円に上る選挙資金を集めた。しかも100%個人献金である。一人あたりの平均献金額はおよそ100ドル。アメリカ大統領戦では初めてのことである。しかしながら、もう一つの重要なポイントがある。オバマのネット献金のしくみそのものが有権者の参画意識を醸成したことである。まず、630億円の献金が100%個人献金という事実そのものが、オバマが唱える”CHANGE”という新たな時代の潮流を象徴する。少額であっても自らの手で献金することが”"オバマとともにCHANGE(変化)に参画している”という自覚を創り出す。ネット献金が参画意識を創り出すインキュベーターの役割を果たした。

    -オバマのネット・メデイア
    ネット献金によって、触発された参画意識が今度はオバマのネット・メデイアを通じて急速に広がっていく。オバマはネットを活用することで自分のメデイアを持った初めての大統領である。BarackObama.comは単なるウェブというよりも、マスメデイアを越えたネットメデイアである。それを可能ならしめたのが3つの仕掛けである。一つは、利用者の関心やニーズにそくして個別対応できるMybarackobama.comの仕掛けである。ふたつめは、Obama Mobileのようにスマートフォンなど多様な端末からのアクセスを可能にしたこと。最後に、多様なインターネット・コミュニテイーとのつながりが工夫されている。結果として、1300万件のメールアドレスが集積される。オバマはこの自らのネット・メデイアを通じて最新情報を提供、従来のマスメデイアが逆にフォローするという事態になる。マスメデイアに依存せず自らのメッセージを発信する装置を持ったのである。

  5. メッセージ性の強化
  6. オバマ現象の特徴のひとつは、かつてない程に著名人やアーテイストがオバマに共感、動いたことである。多くの第3者がオバマを支持するメッセージを発信した。しかも有名人だけではない。数多くの不特定多数の人々がオバマの基本メッセージであるCHANGEの必要を訴えた。コミュニテイーサイト内でも700万人のサポーターがオバマのメッセージを支持、SNS発で企画されたオフイベントは20万件にも上る。まさにオバマは世界最大のクチコミをネットを通じてオン・オフの世界で演出した。これがオバマのメッセージ性を飛躍的に上げる。

サイレント・マジョリテイーの声なき声を可視化する

ネットで選ばれた最初の大統領にふさわしく選挙終了後もオバマのネットを使った大胆な”試み”は続いている。オバマは大統領選に勝ってから実際に就任するまでCHANGE.GOVというサイトを立ち上げる。選挙中のサイトであるBarackObama.comが”発信中心”のサイトになっているのに対して、CHANGE.GOVは”受信中心”になっている。オバマが大統領に就任したら、どのような政策を実現してほしいかを国民から聞き取るためのサイトである。そして、そこではアップされた個々の政策の順位づけが行われる。実現してほしい様々な政策がアップされる。中には”マリファナの解禁”のような社会通念上問題のある政策も含まれる。ところが、ここで面白い現象が起こった。偏った、あるいは社会通念上問題のある政策が、投票を通じてどんどん順位を下げていく。一方、内容がしっかりしている政策が上位ランキングを占める。一種の浄化作用が働き始める。そしてそこには一つの”カラクリ”があった。個々の政策に対する支持を”ワン・クリック”で表明できる仕掛けである。これにより、サイレント・マジョリテイーの声が一挙に可視化する。わざわざ文章を書いてまで政策をサイトにアップする手間をかける人はそう多くはない。全体の4%ぐらいだと思えばよい。しかし、”ワン・クリック”で投票できるならば、このパーセンテージは飛躍的に上がる。サイレント・マジョリテイーの声なき声が可視化する瞬間である。この声なき声が可視化すればするほどサイトの浄化作用が働く。
この試みは政策のオープンソース化と言える。従来のように議会や、行政府が一方的に政策を決めるのではなく、国民がその形成プロセスに直接参画していくという方向性を示唆する試みである。ネットだからこそできることなのである。民主主義の実現という視点から考えるとネットの役割は今後ますます大きくなってくる。

世論の支持を受ける時代から世論をつくる時代へ

オバマ政権のサイトであるWhiteHouse.govは、”受信中心”だったCHANGE.GOVと比べるとBarackObama.comと同様に”発信中心”のサイトになっている。ただし、BarackObama.comが”共感をつくる”という意図から仕掛けられたものであるのに対してWhiteHouse.govは”世論をつくる”ということで、その意図が大きくシフトしている。世論をつくり、その世論をテコにオバマ改革を実現していくといったオバマの意志を感じる。今までのように、世論の支持を受けることに汲々とすることから、逆に世論をつくることによって改革を強力に推進していくといった“覚悟”がある。「世論をつくる、改革を実現する」ということでは、小泉純一郎元総理を思い浮かべる人が多い。映像メデイアを使って、“刺客騒動”を仕掛け、“郵政民営化”という世論をつくる。郵政民営化を改革の本丸として位置づけ、衆参両議院で否決されたにも関わらず、圧倒的な世論をテコに郵政民営化法案を通す。小泉流戦略コミュニケーションの発想である。小泉元総理とオバマ大統領に共通することはこの「世論をつくる」という視点を持っていることである。しかも、双方とも“共感”の作り込みに成功している。しかしながら、その“つくり方”が違う。小泉流はテレビというマスメデイア、オバマ流はネットである。ここには大きな“違い”がある。小泉流は一方的なメッセージ発信をマスメデイアに仕掛けることによって世論をつくる。トップ・ダウン方式である。オバマ流は双方向的なメッセージの受発信をネットで仕掛けることによって世論をつくる。ボトム・アップ方式である。言い換えれば、小泉流は”PUSH”型、オバマ流が”PULL”型である。両方とも“共感”を起爆剤にして世論をつくる。小泉流は強烈なメッセージを一方的にマスで打ち込むため、即効性は高いが、いずれその反動がやってくる。効き目が直ぐ出る西洋医薬のようなものである。しかしながら、その副作用が高い。一方、オバマ流はネットでの対話を通じてメッセージをジワジワと浸透させるため、即効性は弱いが、反動はすくない。ジワーと薬が効いてくる副作用の少ない漢方のようなものである。
マスメデイア依存の世論形成とネット依存の世論形成を比べた時に、マスメデイアの場合、一方的なトップ・ダウン方式なので”受動的な民意”となる。時によっては”偏った”世論になる可能性がある。ネット依存の場合は双方向的なボトム・アップ方式なので“能動的な民意”である。”参画意識”をベースとしているため、より偏りの少ない世論になる可能性が高い。ネットを通じて「世論をつくる」オバマの試みが今後どう進展していくのか注目する必要がある。

本日ニコニコ生放送「インターネットと選挙・政治を考える」に出演

ニコニコ生放送にて中継される、MIAU主催シンポジウム「インターネットと選挙・政治を考える」に出演します。

>>ニコニコ生放送 MIAU主催シンポジウム「インターネットと選挙・政治を考える」 (要ニコニコ動画アカウント)

下記、イベント概要ページからの抜粋です。

8月14日(金)に秋葉原のUDX GALLERYで行われるMIAU主催のシンポジウム
「インターネットと選挙・政治を考える」の模様を生放送します。

このシンポジウムは、インターネット分野における意見の表明・知識の普及などの活動を行う団体
「MIAU」(日本語名「インターネットユーザー協会」) が主催。

総選挙が目前に迫る中で、政治家がインターネットを通じて政策をアピールする重要性が高まっています。
このシンポジウムでは、“個人献金を集める仕組み”としてのインターネット、
“世論を吸い上げるメディア”としてのインターネットといった視点から、
岸博幸(慶應義塾大学教授)、堀江貴文等、津田大介(メディアジャーナリスト)等、
多様なパネリストが参加して議論が行われます。

ニコニコ生放送ではこの討論会の模様を14時から完全生放送。
「インターネットと選挙・政治」という最先端の議論を語り合う注目のシンポジウムをお見逃しなく。

【出演】
岸博幸(慶應義塾大学教授)
田中愼一(フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社代表取締役社長)
田村義保(統計数理研究所データ科学研究系教授、副所長)
堀江貴文
司会:津田大介(メディアジャーナリスト)

【主催】
Movements for Internet Active Users (MIAU)(日本語名「インターネットユーザー協会」)

【時間】
14:00~15:30

【参考】
MIAU主催シンポジウム「インターネットと選挙・政治を考える」
UDX GALLERY(秋葉原)

挨拶はコミュニケーションの原点「挨拶をあまくみるな!」

挨拶はメッセージ発信の基本である。

人間が初めて発するメッセージは”おぎゃー”と泣くことである。これによって人間は”おれはいきているぞ!”ということを周りに理解させる。赤ちゃんが産まれたときに鳴き声を出さなかったら原始時代は正常ではないといってほっておかれる。それは赤ちゃんにとっては死を意味する。メッセージを絶えず発信し続けることによって人は生かされていく。

メッセージの受発信を司る力がコミュニケーションの力である。

コミュニケーションとは神様が人間に授けた生き抜くための力である。

人はメッセージを発信続けることによって周りとの関係性を構築していく。その関係性の中で人は生かされる。適切なメッセージ発信に失敗すれば、それはかっては死を意味した。人も、企業も、国も、絶えずメッセージを発信し続ける中で、人生、戦略、外交戦略を実現するための戦略的な関係性を築くことに腐心する。

挨拶はまさに人のメッセージ発信の基本単位である。

挨拶をすることによって自分は元気だ、あなたの存在を認めているよというメッセージを発信する。その相手の反応を見て、次にどのようなのメッセージを出すかを考える。

これが日常的に人が行っているコミュニケーションのプロセスである。

相手の反応が良ければ、まずひと安心、悪ければ、ひとつの注意信号を人は受け取る。そして警戒する。挨拶に対する相手の反応が元気がなければ、相手の状態を聞いてみる。

このような会話が日常茶飯事であるが、このことをもう少し意識して見ると、そこには人間の防衛本能が垣間見える。よくスリラーで物音が暗闇の中ですると、”誰だ!”といって暗闇の中の反応をみる。そこに自分に対して危害を加えるものがいるのか、そうでないのかを確認するためのメッセージ発信である。

挨拶もこの範疇にはいる。人は絶えずメッセージを発信し続けることによって周囲の状況を把握し、自己防衛、あるいは目的実現のためにさらなるメッセージを発信する。

まわりの人々が自分にとって危害を加える存在なのか、自分を生かしてくれる存在なのかを見極める力がコミュニケーションの力である。

ひとはまわりの関係性によって生かされている。この関係性が自分の生存、目的実現に資するかどうかを絶えずメッセージ発信によって確認、さらにその関係性が自分の生存や自己実現に役立つようにさらなるメッセージ発信を通じてより有意な関係性を構築していく発想が戦略コミュニケーションの発想である。

簡単にいうならば、”周りの関係性に自分は生かされているという発想をもつことである。そのなかで自分が生き抜くためにはなにをしなければならないかをコミュニケーションの視点から発想することである。

いよいよ総選挙、”争点の優位性とは”

いよいよ選挙が近づいてきた。

今回は最長の選挙期間とあって、何が起こるかわからない。それだけに興味津々である。長年にわたり、選挙関連の仕事に携わる機会が多かったが、やはり選挙での勝敗を決める大きな要因の一つが”争点設定”である。

「争点を先に設定した方が勝つ」というのが実感である。

多くの選挙が「XX選挙」と銘々されている。4年前の総選挙は「郵政選挙」と呼ばれた。通常、この選挙という言葉の前にくるのが争点を示している。

2003年の総選挙は「マニフェスト選挙」、2004年の参院選挙は「年金選挙」などである。2007年の参院選挙はなぜか争点が明確ではなかった。どちらかというと小沢民主地上戦vs安部自民空中戦の構図の中で、自民党の敵失によって民主が勝利した選挙で争点がない、珍しい選挙であった。

今回の総選挙は、すでに早い時期から民主が「政権交代」選挙と土俵を引いた形になっている。これは2003年の総選挙において民主がマニフェストを全面に押し出し、争点化した動きと同じである。

争点を早く設定したということでは、やはり民主優位である。

ところで与党の方はというと、公明党は「政権選択選挙」としきりと唱えている、一方で自民党のほうは、麻生総理が解散記者会見の時に述べた「安心生活実現選挙」を争点としている。どうも与党のほうはバラバラ感が否めない。

そもそも”争点”にはひとつの構造がある。「二者択一」という構造である。

争点の役割は、有権者に「二者択一」を迫ることである。

3つや4つの選択しを与えてはダメなのである。2つの選択枝のうち、一つを選ばせるのである。投票行動とはそのようなものである。投票する直前までに「二者択一」の状況に有権者を追い込むことが選挙戦の基本である。

この「二者択一」の構造を持っているかどうかが、争点の優越を決める。

2003年のマニフェスト選挙は「マニフェスットYes or No」、2004年の年金選挙は「年金一元化Yes or No」、2005年の郵政選挙は「郵政民営化Yes or No」とすべて「二者択一」の構造をもっている。

この視点から各党の総選挙に対する争点を評価する。

民主党は「政権交代Yes or No」である。公明党は「政権選択Yes or No」、一様、二者択一の形にはなるが、基本的には政権選択できる方が誰が見ても言い訳なので、実質的には二者択一ではない。また、政権選択Yesと有権者が選んだとしても公明党に必ずしも投票するとは限らない。

民主の「政権交代Yes or No」は、自民・公明与党政権を続けるのか、続けないのかという50/50の二者択一の判断を有権者にもとめる。もし、政権交代Yesであれば、ほぼ確実に民主に投票する。この意味から、民主の争点「政権交代」は評価できる。では自民党の「安心生活実現」はどうであろうか。

「安心生活実現」は誰も反対はしない。つまり50/50の二者択一の構造になっていない。また、安心生活実現Yesと答えた有権者が必ず自民党に投票するということもない。

よって民主「政権交代」、自民「生活安全実現」の争点の優越を比較すると民主が確かに優れた争点設定を行っている。