3 月2009

消費者が変わる-マーケテイング総力戦の時代来る(1)

これからのマーケテイングが直面する最大の課題は“多様性”である。


この“多様性”というテーマをマーケテイングはどう向き合っていくのかがますます問われてくる。

“多様性を生き抜くオバマの戦略コミュニケーションの視点から、このテーマを考えてみる。


まず、消費者が多様化している。消費者の“価値観”が変わってきている。

消費者の“ロイヤリテイー”が変わってきている。そして、消費者の“関心事”も変わってきている。


さらに、消費者が情報やメッセージを受け取る“メデイア”も多様化してきている。新聞やテレビなどの従来のマスコミに加えCGMケータイ、iPod、フリーペーパーなどなど。

BlogSNSなど消費者自らが積極的に情報やメッセージ発信するメデイアが急速に増えている。

それが他の消費者の購買動機に大きな影響を与え始めている。


しかも、これら多様化したメデイアを通じて、消費者に流れていく“情報”も質・量ともに多様化している。


このような状況の中では、“どの消費者”に対して、“どのメデイア”を通じて、“どの情報”を伝えるかを今まで以上に、きめ細かくフォローすることが必要になる。


一方で、“マーケテイング丸裸の時代”の到来である。「明日の広告」(アスキー新書)で著者の佐藤尚之氏が“商品丸裸の時代”という表現を使って、もはや商品の販売において“都合の良い”情報だけ出せば良いという時代ではないことを強調している。


言い換えれば、商品が“360度”消費者から評価される時代になったということである。


これは商品だけのことではない。


その商品を売るためのマーケテイング活動そのものが消費者から“見透かされる”時代になったことを意味する。


もはや、クリエイテイブなテレビ・コマーシャルだけで商品が売れるという時代ではない。


“広告だ!”“PRだ!”と分けて考える程、悠長なことは言っていられない。広告やPRだけではない、あらゆるコミュニケーションの方法を創意工夫、融合、変わりゆく消費者とコミュニケーションすることがマーケテイングに携わるすべての人々に求められてくる。


所謂、“コミュニケーション・ニュートラル”の発想である。

そこには“コミュニケーションを組織する”ということが必要になる。


多様な情報を、多様なメデイアを通じて、多様な消費者にメッセージを打ち込んでいくわけだが、そこではメッセージの一貫性をどう保つか が死命を制する。メッセージの一貫性を保つには、誰(消費者)に対して、どのようなメッセージを、どのようなタイミングで、どのような方法で、どのような 場で伝えきるかを“ひとつ意志”の下に組織化することが必要不可欠である。


それを支える組織力がなければメッセージの一貫性は保てない。

まさに、マーケテイング総力戦の時代到来である。


オバマはアメリカの広告雑誌であるAdvertisement Age誌において2008年度の“Marketer of the Year”を受賞した。


オバマは多様化するアメリカの国民に対して”自らを売り込む“ことに成功した。そこには、多様性の中で消費者から圧倒的な支持を取りつけるためのヒントがあると考える。

「あるべきメッセージの姿とは」クライシス・コミュニケーションの視点から(5)

クライシス・コミュニケーションの視点から、小沢民主党代表の3月4日の記者会見メッセージをシミュレーションする!


1.辞任を発表する。事実については調査中であるが、その事実はともあれ、国民が“疑念”を抱くようなことになってしまったことに謝罪する。早く国民の“疑念” を払拭するために、早急に新たな民主党代表を選出するために、自らがリーダーシップをとって動いていることを示す。従来より民主党のマニフェストでうたっている公共事業受注企業からの献金全面禁止などの法制化を本格化することも併せて発表する。

ここは当事者意識をもって事にしっかり対応していることを示すことが重要。被害者は国民であるという認識をしっかりもち、“政治不信”という国民への被害を早く食い止め、再発防止のアクションをとる。


2.今回の検察の動きは“異例”であることを、あくまで客観的に説明する。しかし今はとにかく、国民の中に急速に広がりつつある“政治不信”という被害拡大を止めることが最重要課題であることを伝える。辞任し、新しい代表を選出することが、この“被害”を食い止める唯一の方法であることを述べる。

とにかく国民への“被害”拡大を止めることが最優先課題として位置付ける。今回の調査の異例性については、あくまで客観的なトーンで話す。“不公正な国家権力”、“検察権力の行使 ”、“民主主義を危うくする”などの主観的発信は慎む。通常、このようなケースの場合、マスコミや有識者が騒ぎ出すので、第三者からの発信にまかす。


3.責任の所在に関しては、慎重に対応する。事実確認がまだ不透明な状況である限り、“肯定”も“否定”もしない。あくまで、現在調査中。事実関係が判明した段階で責任の所在を明確にすることを伝える。いずれにせよ、国民への“被害”の拡大を止めることが最優先課題であることを強調、無実であることは信じているが、辞任することが唯一の方法であることを繰り返す。

事実関係が明確になるまでは、国民が抱く“疑惑”は晴れない。事実関係が固まるまでには時間がかかる。その間、国民への“被害”は拡大する。とりあえず、この段階では“辞任する” というメッセージしか通用しない。ここで気をつけなければならないことは、“違法ではない”とか“法的には問題がない”ことを強調しすぎないことである。リーガル・コンプライアンスの視点だけで主張しても藪蛇。 “政治不信”という国民への“被害”を何としても食い止めるための辞任、この引き際の良さに国民感情はなびく。このようなソーシャル・コンプライアンスの視点をもつことが重要。


4.質疑応答が大事。日頃の記者会見での質疑応答のトーンでやる。いつも笑わないのに変に笑ったり、いつも無口なのに多弁になったり、今までとは“感じ”が違うというのはご法度。マスコミや世間は表情や話し方などの“非言語”を読む。多弁は“失言”につながる。

非言語から発信されるメッセージと言語から発信するメッセージを一致させることが肝要。不一致は“不信”を生む。また日ごろの“感じ”と異質感を与えないこと。


5.上記のメッセージが小沢代表だけでなく、すべての民主党議員にも共有され、発信される。テレビ取材を受ける民主党の議員が発信するメッセージが、小沢メッセージと一貫していることが鍵。

メッセージの一貫性を保つためには、記者会見の場だけではダメ。その後、あらゆる場面で他の民主党の議員は、この件で意見を求められことになる。マスコミ報道に晒されることになる。そこでしっかりと一貫性のあるメッセージ発信をすることが求められる。ただし、メッセージが“適切である”ことが前提条件。クライシス・コミュニケーションの視点から見た小沢代表の今回の記者会見でのメッセージは“適切ではない”。これでは一貫性があればある程、逆のネガのレバレッジが効いてしまう。この事件の前までは“一貫性のある民主”VS“バラバラな自民”といった構図で国民がとらえていたのが、この事件後は“代表に何も言えない民主”VS“首相に物申す自民”の構図に変わった。給付金に反対、総理に異をとなえる自民のほうがまだ“健全じゃないの”といった印象である。


いずれにせよ、実際の対応はクライシス・コミュニケーションの視点以外の観点からも判断されるものなので、“絶対にこうあるべきだ”とここで主張するつもりはない。あくまでクライシス・コミュニケーションの視点からアドバイスをすれば、“こうなる”と言うことである。

AC Forumにて講演

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先週の土曜日(3月14日)AC Forumに参加、マーケテイング的視点から「オバマ現象」を読み解く機会に恵まれた。

今年のテーマは「現状打破のマーケテイング」ということで、様々な視点から議論がなされ面白かった。


特に印象深かったのは、マーケテイング、PRなどのコミュニケーションの分野で新しい“動き”が作動し始めた感がある。

PRで言うならば、従来の日本におけるPR業界とは、その発想を異にする新たなプレイヤーが誕生しつつあるような予感を強く持った。

数年前に立ち上げた、本田哲也率いるBlueCurrent Japanなども、その新たなプレイヤーなのかもしれない。

ただ、記事露出をつけたり、イベントを仕掛けたり、キャンペーンをはったり、リリースを配信するという今までのPRの既成概念にこだわらず、“ある商品が売れるためにはどうすれば良いか”といったことを自由な発想でアプローチするプレイヤーが確実に今増えている。

PR業界への“新規参入”の流れが急激に起こっている。

これに“グローバル”な流れが合流すると日本のコミュニケーションの世界もたいへん“面白くなる”こと間違いない。

この流れが、いずれはグローバルに通用する新たなコミュニケーション・サービスが生まれる土壌になってくれると“日本人はコミュニケーション音痴だ”などと自虐的に思い込む必要がなくなる。


そのためにも、アメリカの大統領選のようなコミュニケーションのF1グランプリ・レースが日本にもほしい。

オバマのカラクリ」 でも書いたが、アメリカの大統領選はコミュニケーション総力戦である。国民とのコミュニケーションの優劣が勝敗を決める。まさに、コミュニケーション戦争 である。戦争が数々の技術革新を生んできたように、コミュニケーションの戦争である大統領選も多くのコミュニケーション技術を生んできた。それがアメリカ の企業や政府に導入され、戦略コミュニケーション先進大国アメリカを支えている。


日本も今年の9月までには総選挙がある。現在の公職選挙法の枠ではあまりにも制約が多すぎる。オバマが展開したようなネット戦略の導入には程遠いい状況である。選挙であれ、何であれ、日本のコミュニケーション技術を絶えず向上させるコミュニケーションのF1のようなインフラがやはり日本にもほしいものである。


今回のACForumへの参加を契機にマーケテイング的な視点から「オバマ現象」を読み解いていくことを考えている。


次回を期待して頂きたい。

「クライシスを生き抜くための6つのポイント」クライシス・コミュニケーションの視点から(4)

ソーシャル・コンプライアンスはリーガル・コンプライアンスと違って、社会通念、社会常識の変遷とともに、その尺度が変わるということを、前回述べた

尺度が一定でないため、その都度、どのような判断基準をもってメッセージを発信するかが“鍵”を握る。


クライシスの際に、ソーシャル・コンプライアンスの視点からメッセージ発信するときのいくつかのポイントがある。


1.「当事者意識」を持つことが最大の防御

とにかく「当事者意識」をしっかり持っていることを“伝える”以外に逃げ道はない。

やはり人間の性(さが)か、企業不祥事や事故などクライシスを起こしてしまうと“やばい!”と感じ、思わず自己弁護に走る。これがメッセージとして伝わると“当事者意識なし!”ということで、世間、世論がハイエナ化する。

2.すべてを「相手視点」から(相手とは被害者)

クライシスが起こると「自己視点」のG(重力)が強く発生する。これをどれだけ早く「相手視点」にギア・チェンジできるかが勝負を決める。コンサルタント、当局などの第三者を参画させることが、この「自己視点」の呪縛から、自らを“開放”する上でたいへん有効である。

3.「主張」ではなく「受け入れ」

とにかく、起こしてしまった事態を真摯に“受け入れる”ことである。ここの“往生際が悪い”と地獄を見る。ましてや、“主張する”など自殺行為である。

4.「理」ではなく「情」

クライシスのときは“感情”が支配する。マスコミも感情論を煽る。“理屈”をこねては“ダメ”である。火に油を注ぐようなものである。

5.メッセージの一貫性を「死守」

これが難しい。クライシスにおいて、情報コントロールが可能なケースは稀である。

電車の脱線事故のように、日常生活の場で起こったクライシスは様々な目撃報道が拡散、収拾がつかなくなる。さらに“内部告発”が追い打ちをかける。このような場合、社員、組合、当局(管轄官庁、警察、事故調査委員会)などの関係者とどれだけメッセージ発信に関して共同歩調がとれるか、被害者がメッセージを受け取る接点(マスコミ報道、WEB、商品回収対応、コールセンター、その他の社員対応など)に一貫したメッセージを送り込めるか。組織的な対応が求められる。

6.余計なおしべりは「ご法度」

余計なおしゃべりは“失言”を誘発する。ただでさえ、発信したメッセージが“誤解”、“曲解”によってねじ曲がってしまう世界で、“失言”などは言語道断である。

通常、“失言”の温床は「自己視点」から抜け切れないからである。第三者を早い時期に入れることによって、「相手視点」への切り替えることが絶対的に必要となる。

これらの6つのポイントを頭に入れながら、次回は3月4日に行われた小沢民主党代表の記者会見でのメッセージがクライシス・コミュニケーションの視点から見たらどう”あるべき“だったかを検討する。

書籍掲載ブログ一覧

「オバマ現象のカラクリ 共感の戦略コミュニケーション」をブログでご紹介いただいた方に感謝の意を込め、ここに掲載させていただきたいと思います。

君も…経営者になれる!セレブレイン高城のブログ
渋 澤 健 のオルタナティブ投資日記
回游日記 コピーライターのちママ、ときどき女。
ニュータイプになろう!
アドマン2.0@デキる広告マンの作り方
弁護士加藤英男.com
オバマ流交渉術
(順不同。今後も好評・悪評問わず、できる限り更新していきたいと思います。

また、このページへのトラックバックも随時受け付けております。)

(Part2はこちら)

「火のないところからも煙はたつ」 クライシス・コミュニケーションの視点から(3)

クライシス・マネジメント(危機管理対応)は大きく分けて3つの部分から成り立つ。

(1)まず、クライシスによって引き起こされた“火”を消すか。(災害復旧、被害拡大防止などのDamage Recoveryのための対策の実施である)

(2)次に法令順守(リーガル・コンプライアンス、Legal Compliance)、つまり法的に問題がないように対応する。

(3)最後に被害者を含む利害関係者、及び世間や社会に対して、コミュニケーション対応をとる。


過去10年の日本における企業不祥事を調べてみると、ほとんどの企業が(1)、(2)においてはそれ相応の対応が取れているのに対して、(3)のコミュニケーション対応が全くと言っていいほどに適切な対応がとられていない。

被害者などの利害関係者や世間とのコミュニケーションの取り方に失敗し、クライシスが拡大(“墓穴”を掘っている)しているところを見ると、クライシス・マネジメント(危機管理対応)において如何にコミュニケーションが重要な役割を担っているかがわかる。

特に「法的に対応していれば十分」といった態度をとる企業が目立つ。

ところが最近の諸々の企業不祥事を見ていると、法令遵守はしっかりとやっていてもテレビなどのマスコミに散々たたかれ、火だるま状態になっている企業の姿をよく目にする。

これはソーシャル・コンプライアンス(Social Compliance)の視点が欠如しているのである。

ソーシャル・コンプライアンスとは「社会的な視点」、言い換えれば「世間的に見て」その対応が納得できるかどうかである。


ところが、この“ソーシャル・コンプライアンス”が実に難しい。リーガル・コンプライアンスの場合は、法律という明確な尺度がある。

その尺度にそって行動していれば、間違いはない。

ところがソーシャル・コンプライアンスとなると明確な尺度がない。


それでも被害者などの利害関係者であれば、補償などの“利害”に訴えることによってある程度解決の糸口が見えてくるが、利害関係のない不特定多数の人々のパーセップションである世間や世論はそうはいかない。

“世間”を納得させる尺度というものはその時代時代で絶えず変化する。

10年前であれば世間的に問題がなかったことが、今では“反社会的”と非難されるケースが多い。

尺度が一定でないため、その都度、どのような判断基準をもってメッセージを発信するかが“炎上”を回避できるかの“鍵”を握る。


その重要なポイントは、前述した“主張しない”ということと重なるが、リーガル・コンプライアンスを盾に“主張”しないということである。

“法的に問題がないのだから”、“悪いことはしていないのだから”といった法令順守を全面に出して“主張”することである。“法的には問題がなくても、世間的には問題がある”といったことはいっぱいある。

小沢民主党代表がテレビの報道で「犯罪的、違法的なことは一切やっていない」といった“主張”を過剰に強調することは得策ではない。

法的に問題があるかどうかの真偽はともかく、すでに“政治不信”という“被害”を国民に与え続けているのである。

事実の真偽よりも、まず、この“政治不信”という被害の拡大をどう食い止めるのか、当事者意識をもったメッセージ性がほしい。

ソーシャル・コンプライアンスの視点からのメッセージ発信が求められる。

「”主張”を避けよ」クライシス・コミュニケーションの視点から(2)

前回の記事でお伝えした通り、クライシスのときは“当事者意識”を持って事に当たっているというメッセージを出すことが最重要課題である。

これしかクライシスを乗り越える道はないと覚悟することである。

少しでも“当事者意識がない”と思われた途端にマスコミと世間(世論)は“ハイエナ化”し、一斉に襲い掛かってくるが、“当事者意識がない”と思われないために、絶対にしてはいけない事がある。

「主張」することである。

クライシスが起こったら、「主張」してはだめである。

「受け入れ」の姿勢を示すしかない。

とにかく、クライシスの事態を真摯に「受け止め」、全力でクライシスの終息のために動いているという“当事者意識”を伝える以外に方法はない。

下手に「主張」すると、そこに“加害者”VS“被害者”という対立構図が生まれる。

これがマスコミの恰好の餌食となる。マスコミは対立を好む。

対立をあえて作り出し、いかにひどい“加害者”かというレッテルを貼りつけ、世論を煽る。理屈ではない、怒りという感情が支配する場となる。

理を「主張」すればするほど“当事者意識”がないというメッセージが発信されてしまう。

さて、小沢民主党代表の3月4日の記者会見を見ると「主張」一色である。

“政治的、法的には不公正な国家権力、検察権力の行使である”

“民主主義を危うくする”

などなど。これらの「主張」は前述したように対立構造を生むと同時に、「すり替え」という印象を与えかねない。

また、事実関係がまだ完全に確定していない段階で“言い切る”という「主張」は危険である。

“政治資金規正法に違反していない”と“言い切る”ことによって、後日、それに反する事実が判明した場合、乗数倍の反動がやってくる。

“JR西福知山線脱線事故の際、事実確認が不十分な段階で“粉砕痕が確認された”と事故当日にJR西が発表、線路上に置き石があったかのようなメッセージを出したことがあった。

後に国交省、事故調査委員会、目撃者などから、その事実が否定され、JR西の原因を他になすり付けようとする姿勢が伝わり、世論から火だるまにされたことは、まだ記憶に新しい。

今回の記者会見で「主張」したことが、マスコミや世論の動向をどう影響するか。今後、注目していくことが重要である。

ところで、クライシスの場合、とにかく被害者への対応が最優先課題である。

まず被害者救済と被害の拡大を止めることである。

今回の民主党のクライシスにおける“被害者”は誰か。それは国民である。

与党である自民党・公明党の政権担当能力が疑問視される中、選択肢としての民主党が注目されてきていた。

その期待を壊し、政治不信を拡大したことが、今回、国民に与えた“被害”である。この“被害”拡大を止めることが民主党の急務である。そこにどれだけ“当事者意識”の姿勢を示せるかが、今後の課題である。

今回の記者会見で小沢民主党代表の“被害者”である国民に対する“謝罪”がなかったことが、もう一つ気になる点である。

クライシス・コミュニケーションの視点から、今後の成り行きに注目していきたい。

「”当事者意識”を伝える」クライシス・コミュニケーションの視点から(1)

小沢民主党代表の第一公設秘書が政治資金規正法違反で逮捕された。


総選挙のタイミングが取り沙汰されている中での逮捕なだけに、小沢代表の進退や民主党の動向が注目されているが、クライシス・コミュニケーションの視点から分析すると“あるべき対応の姿”がある程度、見えてくる。


ただ、実際の対応はコミュニケーションの視点以外の観点からも判断されるものなので、“絶対にこうあるべきだ”とここで主張するつもりはない。あくまでクライシス・コミュニケーションの視点からアドバイスをすれば、“こうなる”と言うことである。

そもそもクライシスが勃発すると、まず考えなければならないのが、そのクライシスにより、誰に対して“被害”を与えているかである。

被害が拡がっているのであれば、即刻、それを終息させることが急務となる。

次に原因究明である。被害の拡がりを止めたならば、今度は二度と被害が生じないように再発防止に重点が移る。そうなると原因を早く究明することが必要となる。

最後に、責任の所在を明確にすることである。原因究明の結果によって、しかるべき責任を明確にすることが今度は求められてくる。状況に応じては組織のトップの進退問題にも及ぶ。この優先順位に従ってクライシス対応のプロセスを進めていく。


さて、そのプロセスを進めていく際に、“被害者”も含めた社内外の様々なステークホルダー(利害関係者)に対して適時メッセージを発信していくことになるが、そこでのキモは、


どれだけ“当事者意識”を伝えることができるか


である。


“当事者意識”をもって全力で事にあったっているという姿勢を強く示すこと、それができたかできないかがその後のクライシス状況の進展を左右する。


“当事者意識がない”というメッセージが少しでも伝わってしまうとマスコミや世間(世論)は絶対に許さない。


今、マスコミや世間の注目は小沢代表の進退問題である。企業の場合でも商品欠陥や企業不祥事などの企業クライシスが起こった場合に は、企業トップの進退問題が必ず問題となる。そこでどのような対応をするべきかというひとつの判断尺度を提供するのもクライシス・コミュニケーションの重 要な役割である。小沢民主党代表の進退の取り方がクライシス・コミュニケーションの視点からどう評価できるのかをこれから考えていく。

首相の発言はなぜこれほどまでに“ブレ”まくるのか

空前のコミュニケーションを組織したオバマには3つの凄いところがある。


  1. 対立や違いを超えてアメリカ人の意識をひとつにしたこと。
  2. 建国の理念という原点回帰を通じて、アメリカ人を元気にしたこと。
  3. そして、もうひとつは

  4. 空前のコミュニケーションを組織したこと
  5. である。


空前の“口コミ空中戦”と表現してもいい。

オバマ現象はオバマ個人のコミュニケーション力に帰するものではなく、オバマのコミュニケーションを支えた組織力によって出現したものである。

2000人のスタッフ、100万人にものぼるボランテイアによって2年間にわたり、組織的に展開されたコミュニケーションなのである。


オバマは歴代の大統領候補の中では極めて失言が少ない。また、そのメッセージの一貫性においてはオバマの右に出る者はいない。

20047月の民主党大会での演説からオバマ伝説は始動するが、20091月の大統領就任演説に至るまで、一切、メッセージの“ブレ”はない。


これはオバマ個人の力量というよりもオバマの背後で失言回避とメッセージの一貫性確保を担っていた組織力のおかげである。その組織を構成していたコミュニケーションのプロ集団によってオバマのコミュニケーションは守られていた。


転じてわが国の麻生総理のコミュニケーションを見ると、オバマと比べて雲泥の差がある。


まさに「自爆発言」の連続、定額給付金や解散については「ヤル、ヤル」と言ってやらない麻生総理のことを「ヤル、ヤル」詐欺だといって野党がなじる。


直近は、「郵政民営化は実は反対であった」という発言があった次の日には修正が入る。

また、「郵政民営化の担当でなかった」と明確に国会で言い切る姿を見る一方で、昨年の8月にあった自民党総裁選での討論会で麻生さんが「私が郵政民営化担当です」と明確に述べた映像が報道される。


麻生総理のメッセージは“ブレ”ているとよく批判されるが、これは“ブレ”どころの騒ぎではない。

一国の首相の発言がなぜこれほどまでに“ブレ”まくるのか。


それは組織的な努力によって麻生総理のコミュニケーションが守られていないからである。


首相のコミュニケーションがしっかりと組織されていれば、昨年、自民党総裁選での麻生総理のすべての発言はデーター化されており、一貫性を保つという視点から、あのような失言は回避できた。

コミュニケーションは組織することが出来る。

これからあらゆる組織のリーダーが自らのコミュニケーションを組織することが必要になってくる。

組織的なコミュニケーションによって自らのメッセージ性を守ることであり、この組織的なコミュニケーションを持たずにメッセージ発信するリーダーは「裸の王さま」である。


かつてのIBMのガースナー会長が、CEOの役割は「メッセージを社内外に発信することだ」と言い切った。

しかし彼には彼のメッセージ性を守る組織があった。

ガースナー会長室の右手は法務部、左手はPRPublic Relations)部と両脇をしっかりと固め、ガースナーのメッセージをリーガル・コンプライアンスの視点で法務部がチェックを入れ、ソーシャル・コンプライアンスの視点からPR部が確認するといった仕組みになっていたと言われる。

つまり、トップのコミュニケーションがちゃんと組織されていたのである。